安岡正篤一日一言 令和元年08月04日(日曜日)

【抱独・見独・慎独】

 地位だの名誉だの物質だの利害だのといった
 打算的なものによらずに自己の絶対的なものを持つ、
 これを「抱独【ほうどく】」と言う。
 そしてそれを認識するのが「見独」であります。
 自己の存在の絶対性に徹して、初めて真に他を知ることが出来る、
 他との関係が成り立つ。
 根本に於て独がなければ、
 われわれの存在は極めて曖昧で不安定であります。
 だから君子はそれをよく認識し、徹見して、大切にするのである。
 「慎独」は中庸に伴う大事な要素であって、
 これあるによって、本当の進歩向上ができる、
 所謂中があり得るわけであります。