安岡正篤一日一言 令和元年06月16日(日曜日)

【安重深沈 ③】

 それに続けて、「其他(そのた)浮薄(ふはく)にして
 好(この)みて任(にん)じ、
 能(のう)を翹(つまだ)てて自ら喜ぶは、
 皆、行(おこない)、逮(およ)ばざる者なり」とあるのですが、
 自らを好しとして、自分の才能をひけらかし、
 自己満足をしているような人物は、行いの及ばない者である。
 そういうことではいい仕事はできないし、
 ものにならないというのです。

 「即(も)し諸(これ)を行事に見(あら)わせば、
 施為(せい)、術無(すべな)く、反(かえ)って事をやぶる。
 此等(これら)は只(た)だ談論(だんろん)の
 科(とが)に居(お)る可(べ)きのみ」(呻吟語・品藻)

 そういう人に仕事をやらせてみると施為、
 つまりやることなすことに術を知らず、かえって失敗する。
 これらは談論の科、ただ口先だけで実行を伴わないものだというのです。