安岡正篤一日一言 2018年08月21日(火曜日)

【保科正之】

 徳川三代将軍家光の異母弟に、
 保科正之という大名がいた。
 なかなかの人物であった。
 この人が、徳川の重臣、
 大名である榊原忠次とどうも仲が好くない。
 幕府城内で会っても挨拶さえしない。
 万治元年になって井伊直孝が歿して、
 老中筆頭職が空席になった。
 こうして月日が経つがなかなか後任が決らない。
 こんな時、将軍家網は保科正之を招き、このことを謀った。
 すると正之は「この大役を相勤める器量人は、
 榊原忠次をおいて他にはないと存じます」とこたえた。
 これを聞いて家網は、
 かねて二人の間の不和を知っていただけに、
 あれっと妙な表情をした。
 正之はすかさず、「榊原とそれがしの不和は私ごとでございます。
 公事となれば、彼の器量を推挙しないわけにはまいりませぬ」と。