【人――不遇の若き賢人の遺言】
情深い人でなかったら、
真に正しい人にはなれない。
春の始(はじめ)の風情(ふぜい)も、
青年の徳の芽生えほどではない。
美徳を小人(しょうじん)が
欲得(よくとく)から実行しても、
美徳の利益はいちじるしい。
利欲はいくらも富を作らない。
利欲故に柔和な人間は始末が悪い。
繁栄はいくらも心友を作らない。
何にでも耐える心得のある人こそ、
何でも敢(あて)て為すことができる。
忍耐は希望を持つ技術である。
絶望は人の不幸と弱さをこの上もないものにする。
曖昧(あいまい)は誤謬(ごびゅう)の住む国である。
表現の明るさは、深い思想を美しくする。
戦争は隷属(れいぞく)ほど負担が重くない。
隷属は終いにはそれを好ましいことに
思ってしまうほど人間を低いものにする。
これはフランスのヴォーヴナルグVauvenargues
(一七一五~四七)の箴言(しんげん)である。
高貴な精神と、ゆかしい人柄とを備え、
若くして友達から父とさえ慕われた人であるが、
早く病にかかり、
不遇の中に哲学と文筆を楽しみ、
三十二の若さで没した。
相識のヴォルテールは、
彼はこの上なく不運であったが、
この上なく落ち着いた人であったと評している。
世の不遇の友の為にこの一篇を贈る。