安岡正篤一日一言 2018年02月03日(土曜日)

【時 習 ②】

 学問というものは体験を貴しとなし、
 その体験を錬磨することでなければなりません。
 その意味で「学んで之を時習す。またよろこばしからずや」という語は
 非常に短いものでありますが、
 限りなく深い意味と効用があります。
 学問・修養というものは、
 論理だの思想の遊戯だのというものではだめであって、
 われわれは日常の実生活を見失わぬように
 しなければならぬということでもあります。