安岡正篤一日一言 2018年02月01日(木曜日)

【成徳達材】

 学は己の為にす。
 己を為むるは安心立命を旨とす。
 志は経世済民に存す。
 志を遂ぐるは学に依る。
 学に依って徳を成し材を達す。
 成徳達材を立命とす。

 『論語』に古の学者は己の為にし、
 今の学者は人の為にす(憲門)といっている。
 自己を役立てるには、自己の徳を大成し、
 自己の材能を磨錬(まれん)するに如(し)くはない。
 それは学の本義である。
 学はあくまでも己の為にするにある。
 その己は名利の己とは違う。純粋自己である。
 程子は明らかにこれを説いている、
 古の学者は己の為にす。
 その終は物を成すに至る。
 今の学者は人の為にす。
 その終は己を喪(うしな)うに至ると。

 人のために働いて己を喪うは
 立派な行為ではないかと考える者があるかも知れない。
 そんなことを「己を喪う」というのではない。
 己を喪うとは見識も信念も節操も
 何もかもなくすることをいうのである。
 道徳や宗教や国家や人類を議論することは何でもないが、
 日常茶飯のことも円滑に行えぬが人間の常である。
 隣近所は愚か、家庭内の妻子とさえうまく治まらず、
 一寸したことにもとりみだすような人間であって、
 人生を論じ、国家を治めて何になるか。