安岡正篤一日一言 2018年01月28日(日曜日)

【教は效なり】

 「道を修むる之を教と謂う」、
 どうしても教というものが要る。
 教という字は、単に口でおしえるばかりでなく、実践を伴う。
 即ちお手本になる、人のならいのっとるところとなるという意味である。
 だから「教は效(こう)なり」という注釈があるわけです。
 教育とは、教師が生徒のお手本になって、
 生徒を実践に導いてゆくことであって、
 ただ言葉や文句で教えることではない。
 言葉で教えるのは、訓とか、誡とかいうものであります。