安岡正篤一日一言 2017年12月16日(土曜日)

【運・時・命・数】
 治亂は運なり。
 之に乗る者あり。
 之を革むる者あり。
 窮達は時なり。
 之を行く者あり。
 之に偶う者あり。
 吉凶は命なり。
 之を作す者あり。
 之に偶う者あり。
 一來一往各々數を以て至る。
 豈に徒に言わんや。
            文中子「中説」

 文中子は少くして逝った
 随の異色ある哲人で、

 門下から多くの国家的人材を
 出した点に於て、
 どこか吉田松陰を
 偲ばせるものがある。

 治乱とか、窮達とか、
 吉凶とかは、
 どうにもならぬ運命的事実で
 あるように俗人ほど思いがちである。

 「あに徒に言わんや」という
 その徒言【とげん】とは、

 そういうことを簡単に運命と
 きめこんで語ることである。

 (中略)治乱も窮達も吉凶も
 畢竟、人次第で、
 あるものには宿命、
 同じことが他のものには自由である。

 大きな国家の難問題でも、
 遠大な見識や勝れた手腕のある
 政治家があれば無事に解決するし、
 平凡あるいは愚劣な政治家が当ると、
 破滅に陥れてしまう。

 彼等はそれを運命の
 悲劇というであろう。

 然しながら達人は自業自得
 と顰蹙【ひんしゅく】する。

 そういう因果の関係を数というのである。

 よく数に通じて、
 現実の裏表を熟知すれば
 相当に予言も当るものである。